199512 ランダム
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ふらっと

ふらっと

ブリーフィングルーム

当初の予定は大幅に狂った。タイムテーブルが綱渡りであることは、この半年間ほぼ毎日の日課のようなものだったが、興行を中断する事態を招いたのは初めてだ。
 いや、D3やグリフォンが自ら引き起こした事態でない分、スタッフにとっては不愉快きわまりない。
 そういうピリピリした空気が、艦内に蔓延している。
 ヤマトはプルとともに、D3への帰還途上ブリーフィングルームに呼び出され、結局ろくな挨拶もできないままに遭難現場の報告をさせられた。重力ブロックのブリーフィングルームには、各セクションのリーダーとグリフォン所属のパイロットもやってきた。結果的に、これまで挨拶をしていなかった面々との顔合わせにもなっていた。
「以上が状況報告です。ファンネルによるモニター記録はこのディスクに入ってます」
 プルの解説は簡潔明瞭だった。とても同じようなまとめ方はできないと、ヤマトは焦った。彼はプルから報告を引き継ぎ、映像ディスクをセットしてもらいながら、映し出される場面の説明を加えた。
 約1時間ほどの報告と質疑応答が終わり、全員がしかめっ面で考え込む。
「とりあえずまとめておこう。すべてこの場で話を進めやすくする上で、便宜的にあの現象を起こした空間を“トラップ”と呼称する。俺の考えではこういうことだと思う」
 キャプテン・トドロキは手元のグラフィックボードに雑な線と図形を書き込む。図形は室内に設置された大型スクリーンに投影される。
「映像から見て、トラップは直径500mないし1000m程度の広がりを持つ二次元的な領域だ。これが円形か四角かはわからん。輸送船・・・えーと、なんだっけ?」
「バスコ・ダ・ガマ級の、船名はケアンズ768ですね」
 通信士のロイ・ハスラムがキャプテンに答える。キャプテンは指先でサンクス・サインを出し、話を続ける。
「このC768の消失状態から、トラップは我々の太陽系水平面基準からおおむね15度くらいの仰角で存在していた。重力・・・いや引力反応はきわめて微弱だが、あったはずだ。こいつが出現したことで、本来エリアの外にあったはずの岩礁がエリア内に流れ込んできたと思われるからな」
「ブラックホールか、それに近いものですかね」
 デビットが質問する。
「それに近いもの、とならば言えるかもしれんな。だがブラックホールったって、俺は見たことがないから断言はできない。ヤマト、おまえの見た感じではどうなんだ?」
「は、はい。ブラックホールというのは、うまく説明できないですけど恒星が寿命を迎えて重力崩壊を起こして、恒星のコアであった部分に何でもかんでも引き込まれちゃうものだと聞いてます。物体どころか電磁波も光も落ち込んでいくほどの超重力場が発生しているはずですから、あの宙域の影響はあんなものではすまなかったはずです」
「わかった、純然たるブラックホールとは違うと位置づけよう。だが、あれに接触するか突入すると、あの二次元領域に引き込まれて物理的消滅を免れない。この、二次元でしかない領域ってのも訳がわからんのだよな」
 キャプテン・トドロキは首をひねる。ファンネルが映し出した映像の一つに、消失する輸送船を正面から撮影しようとしたものがあったが、至近距離では何も映らず、距離をとったところで確認できたのも、船の衝突面に、厚さのない壁が、周囲の宇宙空間と同じ色彩と明度で存在しているらしい、としか言い様のないものだった。
「厄介なのは・・・」
 キャプテンはミネラルウォーターをボトルから直接ひと飲みし、口元を拭いながら言った。
「トラップなるものが観測中にこれまたきれいに消えちまったってことだ。忽然と現れ、消滅する。こんなものがしょっちゅう起こっちゃ、こっちの商売どころか、宇宙航行そのものに打撃を与えかねない」
「あれはどのくらいの時間、存在していたと思う?」
 エディに聞かれ、ヤマトは携帯PCのデータに別の要素を加えて計算してみた。
「僕らがC768を確認してから船が完全に消えるまでが、だいたい20分です。発見したときには船体の4割は消えていましたから、少なくとも1時間くらいは出現していたんじゃないでしょうか」
「あるいは、引っかかった物体が完全に消えるまでの時間とかね。MS程度ならものの数分、コロニーレベルだとまる1日とか」
 タクマが不謹慎なたとえを持ち出す。
「類似点を持った遭難事故って他にもあるのかな?」
 プルが言った。通信士が、現在検索中だと答えた。
「トラップに突入したファンネルからは、何か情報をとれなかったのか?」
「飲み込まれた3機とも、消失後はまったく反応がなくなりました。飲み込まれる瞬間の映像は、ふわっとブラックアウトしていく感じでしたね」
 ヤマトはあのあと、到着したグリフォンからの指示を受けて、4機めのファンネル・フラワーをトラップ領域に突入させようとした。一直線に飛んだファンネル・フラワーは、しかし消失せずにトラップのあったはずの空間を通り抜け、誘導範囲の限界距離でオートターンし、戻ってきた。
 この実験で、トラップが消滅したことが確認されたのである。グリフォンからは光学測定や有線探査機も導入されたが、ついにトラップを再確認することはできなかった。
「あれは一度きりの謎の事件なのか、今後も再発するおそれがあるのか。これは大きな問題だ。出現時の兆候でもキャッチできれば警戒しようもあるが、今のところは何かでかい物が引っかからないとわからないときてる」
「危険ですね」
「はなはだ危険だ。モビルダイヴのコース上にでも出てこられたらえらいことになる。もしも客に被害が及ぶようなら、D3だけじゃない。モビルダイヴをやっていなくても、全DAI-TOWNの信用が失墜する」
 接客担当のケニー・エバーツ副長が初めて口を開いた。キャプテン・トドロキも、そのとおりだという仕草をする。
「面倒なのは、宇宙航行管制の実権を連邦宇宙軍が握ってるってことだろ。商売を続けられるかどうかは、結局は連中の胸先三寸ってわけだ。そうだろキャプテン?」
「ケニーの言いたいことはわかる。今さら軍に平身低頭、なんてまねは俺だってしたくない。だが取引を仕掛ける価値はあるだろう。宇宙軍がアナハイムやサナリィを総動員しようが、こっちの本社ほどの臨機応変さはない。トラップに対処する技術やら装備やらをいち早く運用できるのは、書類申請を後付けでできる俺たちの方さ」
「そうですかね。左官クラスの現場特権てのも侮れないでしょう。なんにせよ軍は物量で攻めてくる・・・ってキャプテン、まさかトラップの調査かなんかを請け負うつもりですか?」
 ケニーと対話するキャプテンに割って入ったエディは、D3の保有装備に監査が入るようなことになるのを恐れた。ただでさえD3は軍用ベースキャンプとしての機能を充分に持っている。トラップに関する調査が軍部で始まれば、接収されることはないだろうが、客には見せていないかなりの部分をさらけ出すことになろう。
「ま、いいじゃないか。民間企業が自前でガンダムタイプのMSを所有していた事例は過去にもあるわけだし、Zプラスの所有については連邦軍も認知しているんだ。そんときはそんときだ。しかしな、こういう機会に軍のパイプを使ってこっちの立場を有利なポジションに安定させる工作は必要だ。割り切れない気持ちは俺に預からせてくれ」
「宇宙パトロールの方はどうします?」
 誰かが聞いた。
「何かしらの申し入れはしてくるだろうが、遭難したのが軍の輸送船だからな。軍が介入を拒むんじゃないか? そこまで面倒はみきれん。言っておくが、どういうシフトを採ろうが、諸君の安全確保が第一だ。これは最優先事項とする」
 キャプテン・トドロキは真顔になった。会議に参加した面々も、キャプテンがそこまで言うなら、と、シフトの作り方を一任することにした。
「この件については帰港しだいフレディに進言する。それでペケくらえば、俺もおとなしくするよ。ただ、俺のカンでは、トラップは一時的なものじゃないと思う。そんな危険な場所で対処方法も探らないまま、諸君らを働かせるわけにはいかん」
「調査だけだって充分危険ですよぉ」
 プルがふざけて茶々を入れると、一同大爆笑となり、話は手打ちとなった。それで誰ともなく仕事場に戻ろうとする。ケニーは引き続き、今後の予約をどうやって捌くかについて、キャプテンと打ち合わせしたいと申し出た。
「わかった。ケニーは俺と一緒にフレディのところへ顔出してくれ。それからヤマト、ちょっとつき合え」
 キャプテン・トドロキはヤマトに声をかけ、部屋を移った。

 ブリーフィングルームに比べると圧倒的に小さな部屋だが、艦長室は士官用個室の中では群を抜いて広いスペースがとられている。その分、執務室であり寝起きをする私室でもある分、プライバシーはろくに保てないというハンデもついてまわる。
 そういった気を全く使っていないなと思わされるのが、キャプテン・トドロキの艦長室だった。
「何してる。さっさと座れ」
 そう言われてヤマトの目に入ったのは、父の母国に古くから伝わってきたと言われる「囲炉裏」なのである。ブリッジ下部のスペースに作られたこの部屋は遠心重力ブロックではない。だから囲炉裏の中には灰などは盛られていないし、宇宙艦艇の中で炭を燃やすなどはもってのほかであるから、形だけを模したようである。
 囲炉裏端には藁で編んだ敷物も置かれているが、これは裏側をベルクロ加工して板に固定してある。
「驚いたか。軍艦じゃあこうはいかないがな」
 同じ東洋人であるだけ、ヤマトの驚きは人種の異なる他のスタッフのそれとは明らかに違っている。それに話も分かりやすい。キャプテン・トドロキはヤマトの反応を面白がった。
「四畳半くらいありますよね。これで艦長室の半分を占拠してるんですか」
「風呂・・・いや、シャワーボックスとトイレが別にあるから、半分ってことはない。まあそんな話はどうでもいい。あんなトラブルがなかったら、エディたちを同席させて手続きをとるつもりだったんだが」
 自分自身が気分転換もしたいと連れてきたのだと、キャプテンは冷蔵庫から清涼飲料水のストロー付きボトルを2本取りだし、片方をヤマトに渡した。
「リゲルグのコントロールは見事だった。実際、あそこまで扱えるとは思ってなかった。やっぱり『赤い双子星』の片割れの血筋ってやつかな」
 ズバリと父の昔の通り名を持ち出されて、ヤマトは照れくさくなり、それは関係ないですと言った。
「・・・父の古い友人だと言われてましたよね。一年戦争の頃ですか」
「いや、一緒に戦ったのはカラバでだ。一年戦争んときは、俺はずっとルナツー勤務だった。親父さんとはペズン事件の後かたづけまで、4年くらいつき合った。お互いティターンズの勧誘を受けて、俺は奴らの態度が気にくわないってんで蹴飛ばしたらマークされてさ、ちょっともめ事に巻き込まれて営巣にぶち込まれたら、そこに親父さんが同じような難癖をつけられて拘留されてた」
 ヤマトにとっては全く知らない父の面影が、妙なディティールを伴って流れ込んでくるようだった。ただ唐突にペズン事件といわれても、ヤマトがそれを知るわけではない。
「父が営巣入りしてたんですか」
「おう、そうだぜ。なにしろ曲がったことが嫌いな人だったからな。ジオンの残党狩りなんかやってる暇があったら、地球上の環境復興に予算を回すべきだって啖呵を切ったそうだ」
 ヤマトの父親は、サイド7に居住していた少年時代にジオン公国の強襲を受け、連邦軍の揚陸艦に逃げ込み、そのまま現地徴用されて砲撃手からモビルスーツのパイロットとなった。この『第13独立部隊』という陽動専門の所属部隊においては、連邦の赤い双子星として、コンビを組んだもう1人のパイロットと戦果をあげ、ニュータイプであろうとも噂された人物である。
 もっとも同じ部隊にはあのRX78-2ガンダムを操縦したアムロ・レイも所属しており、白い流星ことガンダム・アムロの華々しい戦歴にかき消され、父の方は目立つ存在にはならなかった。
 一度だけ母がヤマトに教えたことがあるが、ヤマトの父も母も、アムロ・レイとは幼なじみとして育った間柄であり、母はどちらかといえばアムロに好意を抱いていた。
 一年戦争を生き延びていくうちに、ニュータイプとしての能力を覚醒させ、またその能力によるガンダムの戦果で英雄的に語られ始めたアムロは、自分たちとは異なる人なのだという認識が芽生えて、2人の間には溝ができていったという。
 そんな母を、アムロよりも一歩退いたところから見守ってきたのが、ヤマトの父であった。
「まあいろいろないきさつが重なって、こうしてお前を俺が預かることになったわけだ。お袋さんは元気なのか? 俺だって結婚式には呼んでもらったんだぜ」
「元気です。元気でいるために必要なことを知っているって、母はよく言ってます。母は苦労した分、強い人だと思います。本当は、僕は宇宙へは行かせてもらえないと思ってました」
「しかし現実に、お前はここにいる。雇われて早々に期待以上の仕事もこなした。お前はメカニック訓練生として採用されているが、パイロットとしての素質も捨てがたい。お前が希望するならそっちのコースに変えてやれるが」
「それはまずいですよ。キャプテンがそう思ってらっしゃらなくても、コネの力だなんて言われるかもしれないですから。僕は採用されたとおり、ハンガー勤務で使ってもらえればいいです」
「そうか。だがな、チャンスは見逃すな。我々も使えるやつはどんなところからでも行くべき場所に送り込む。宇宙開拓の現場は、互いを信頼することと、自分の可能性をとことん利用しなければやっていけん場所だ。俺が必要だと思ったら、モビルスーツに乗せることだってある」
「ありがとうございます。期待に応えられるようがんばります」
 ヤマトは恐縮しながら答えた。
「そういうものの言い方、親父さんにそっくりだな。別にきまじめなのは悪いことじゃないが、もすこし粗野になってもかまやしないぞ」
 キャプテン・トドロキは笑った。その上で話題を変える。
「実はな、プルのことでお前にやってもらいたい仕事がある。あの娘はニュータイプ能力を引き出された強化人間だ。だが強化人間にはMS運用一つとってもかなりの負荷が襲ってくる。これを放っておくと体のあちこちがオーバーロードするし、精神にも異常を来して廃人になっちまう。負担軽減でき、支援できるナビゲーターがほしいのさ。そのためには彼女がリラックスしてコンビネーションできる相棒が必要なんだが、このコンビネーションには彼女よりも若干若いお前が適役なんだよ」
 ああ、そういうことかとヤマトは思った。
「でも、リゲルグに似せて作ったあのモビルスーツ、ナビゲーター乗せられるようには作り直せないでしょう?」
「やりようはあるさ。それにあの機体はいろいろとミックスしたでっち上げだろ、プルにだってましな機体を用意してやりたいしな」
 キャプテンはしみじみと言う。しかし、リゲルグ・シルエットは“でっち上げ”には違いないが、オリジナルに引けを取らない出来じゃないかと、ヤマトはハンガーでのメカニックたちの話を聞いて感じていた。それをまた、いとも簡単にでっち上げ呼ばわりするところがすごいと、キャプテンの性格に戸惑わされる。
「プルさんが強化人間だなんて、ちょっと信じられないですね」
「そうなんだ。あの歳で沢山のしがらみをしょっちまってよ、それであんだけ朗らかに振る舞ってるんだ。あれ見りゃ足長おじさんの一つもやってやりたくなるのよ・・・もっとも、足長おじさんは本社にいるから俺は現場代理人だけどな」
 なるほどなあ、と、ヤマトはしげしげとキャプテンの顔を見た。そういう感情を、自分にも抱いてくれているのが、何となくわかる。いや、自分たち以外のすべての乗組員に、まるで身内のような気持ちで接しているということが伝わってくる。
「キャプテン。僕はまだまだ半人前ですけど、きっと役に立ってみせます」
「おう、期待してるぞ。さしあたって何をやってもらうかは、エディと打ち合わせしてある。やつの指示に従って動け。トラップに関する調査や危険回避策でこれから忙しくなるからな、自室で休むといい。今日はご苦労だった」
 キャプテン・トドロキは囲炉裏から離れ、執務デスクにつくと、引き出しをあけて何かを取りだし、それをヤマトに放り投げた。グリフォンのロゴとマークが刺繍された、D3スタッフのアポロキャップだった。
「これは・・・」
 ヤマトはそのキャップの横に、金属製のピンバッヂが付いているのを見つけた。第13独立部隊のモビルスーツ小隊マークだ。
「カラバ時代に親父さんからもらったものさ。そのころ俺はまだミーハーな下士官だったからな。お守り代わりにくれってねだったんだ」
「いいんですか? 僕がもらっちゃって」
「変なこと言うやつだな。親父の形見を息子が受け取るのは不自然なことか? いいからしまっとけ」
「ありがとうございます。それじゃ失礼します」
 ヤマトは艦長室を出ていった。静まり返った室内にたたずみ、キャプテン・トドロキはつぶやいた。
「とりたくなくても歳はとっちまうもんなんだよな」



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